友弦流大正琴

幸せの調べを奏でる楽器

大正琴を楽しみながら生涯学習

友弦流の歩み
大正琴は、その名の通り、大正時代に誕生した日本生まれの楽器です。≪大正琴とは?をご参照≫

大正琴は名古屋で誕生して地方に広まっていきましたが、昭和50年代頃までは未だ一部の地域だけで盛んな状況にとどまっていました。

友弦流大正琴は、ギターリストを目指していた音楽好きの植山康男(友弦流・会長)が、同じ大学に在籍していた植山繁子(友弦流・家元)と出逢い、結ばれた時からその歴史が始まります。

大学を卒業後、楽器店や音楽教室を開設していた植山は、大正琴の本部から「大正琴を関西で広めたいので手伝ってほしい」という依頼を受けます。

当時、関西における大正琴の知名度は低く、植山自身も様々な楽器の普及を促進してきた中で、「これが本当に受け入れられるだろうか」という思いが当初ありました。

ところが、実際に楽器に触れてみて意外なことに気付きます。

多くの楽器は、ある程度のレベルまで達すると、その楽器の特性(出来ることの範囲)に縛られて、それ以上の領域に進むことが難しいと言われています。

しかし、大正琴にはそれがほとんどない。レベルが向上すればするほど、さらにその上のレベルが待っている、そんな奥行きの深さを身をもって実感したのでした。

大正琴という楽器には『行き詰りがない』と確信した時.....

植山はついに、大正琴を関西で広めていくことを決意します。そして、夫妻は二人三脚で歩み出しました。これが友弦会(友弦流の前身)の船出となりました。

昭和58年、東京ディズニーランドがオープンし、NHKドラマの「おしん」が大人気となった年。関西における大正琴の拡がりを求めて、友弦会の最初の活動が始まりました。

昭和60年、大正琴が誕生した名古屋の地(大須観音内)に「大正琴発祥の地」の石碑が建立され、その除幕式に参加しました。
その後、「大正琴の宴」を毎年開催しながら、ハワイ演奏旅行や日本丸での船上演奏会、NHKホールへの出演など、精力的に活動を行っていきました。
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第14回 大正琴の宴(国際会議場メインホール 2007.9)
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平成7年1月に阪神淡路大震災が発生しました。
友弦会は震災に遭われた多くの方々を少しでも元気づけようと、それ以来、兵庫県川西地区での演奏会を毎年続けていきました。

平成12年12月には「20世紀最後の船上クルーズ講師会」を開催。参加者同志の間で、多くの希望と感動を分かち合うことになりました。

その一方で、各地の文化センターに大正琴講座を開設して大正琴の楽しさを広く伝えると共に、数多くの大正琴教室・大正琴サークルの設立を支援してきました。≪教室のご案内をご参照≫

そんな活動を長年行ってきた友弦会ですが、平成11年には会長の植山康男が、平成14年には会主(当時)の植山繁子がそれぞれ、社団法人 大正琴協会(理事長:海部俊樹・元内閣総理大臣)から感謝状を授与されるという名誉を頂戴しました。
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こうして様々な活動を通して大正琴の普及を行ってきた友弦会ですが、一会派の力ではどうしても越えられない壁に遭遇します。

大正琴の認知度は、未だけっして高いとは言えません。誕生して一世紀を経たこの素晴らしい楽器を、日本の隅々まで、そして世界でも親しまれるような楽器文化として広めていくことができないか、と考え続けてきました。

厳しい社会環境の下で、人と人との交流や生涯学習を実現し、生きる希望と夢をもたらしてくれる大正琴は「幸せの調べを奏でる楽器」です。

その“調べ”をもっと多くの人に奏でていただくためには、一つの枠に留まるのではなく、友弦会が自ら動いて、ないものは創り、変えるべきものは変えていく必要がある。それが私達の使命であると考えました。

そして平成22年10月、大正琴を通してつながる多くの仲間の皆様と共に「友弦会」は、新しい大正琴文化を創造するために独立した流派として「友弦流」を立ち上げ、第二の船出をすることになりました。

友弦流は、既成概念や枠組にとらわれることなく、感性を大切にし、自由で、豊かな大正琴文化の形成を実現する高い目標に向かって、未来への新しいクルーズをスタートしました。

現在、友弦流の輪の中で、幼い子供たちから100歳近いご高齢の方まで、大正琴を通して幸せな人生を送っておられる1,500人を越える会員の皆様と、200にのぼる教室・サークルが生まれて、元気に楽しく「音楽と共に生きる人生」、「潤い豊かな人生」を積み重ねておられます。

友弦流はボランティア活動も盛んに行っています。
老人ホームなどに出向いて懐かしいメロディを演奏をすると、それまで無表情だった人の顔に赤みがさし、活き活きとした表情に変わって歌いだしたりしてくれます。

また、リハビリ病院では片手が動かない方が、反対側の動く手で手拍子をとって喜んでくれたり...。

そんなお姿を見ていると、「元気をあげたい」と考えていた自分の方が反対に元気を与えられて、「もっと頑張らなければ」という気持ちになると、みなさんおっしゃいます。
大正琴をやっていて本当に良かった
友弦流大正琴は、全ての会員の皆様にそう思ってもらえるように一層の努力を行ってまります。

友弦流は、今後も、大正琴の拡がりをますます高めると同時に、若い世代の方々にも親しまれる楽器として、大正琴の素晴らしさを伝えていきたいと考えております。

引き続き、皆様の温かいご支援をお願い申し上げます。
    友 弦 流 レ ビ ュ ー
    会員から寄せられたお便りをご紹介します。
    (※内容は抜粋、一部省略しています)
  • 私は英語が大好きで、ある文化センターで英語のレッスンを受けるのが楽しみでした。ところがそのレッスン中に、いつも隣の部屋から聞こえてくる大正琴の音♪その音は、ある時は力強く、そしてある時は繊細に…いつもEnglishもそこそこに、その音に聴き惚れていました。ある日、勇気を持って隣の教室をのぞくと、そこにはすてきな先生とフレンドリーなお姉様たちがいました。すぐに私もその仲間入りをしました。皆で合奏することの楽しさ、そして演歌はのりやすく、私たち団塊の世代はやはり演歌に血が騒ぐ年齢なのかなあ・・・とても楽しいです。
  • 昨年は歌舞伎座で始まり歌舞伎座で終わりました。六月には東京コマ劇場と、普通のおばさんが出演出来ないような舞台に出していただき心より感謝申し上げます。それに新年にはNHKホ-ルが待っています。頑張らないと・・・。(略)いつまでも身体が続くかぎり「夢」を追いかけて行きたいと思っております。
  • この度もまた国際会議場での「大正琴の宴」の会が盛大に行われました事、誠におめでとうございます。私共一人一人が30人になり、50人になり、またそれを取り囲んでいただいた多くの方々に助けていただき、お世話になり、立派な会になり、聞きに来てくださったお客様も一緒に喜んでいただき、先生を思う心が一つになった嬉しい一日でした。
  • 先生は大変お忙しい日々をお過ごしのこととお察し致しますが、充実された生活で明るく活気ある先生に月二回お会いすると、私も年齢を考えないで明るく元気な日々を過ごしたいと思います。娘にも話しています。大正琴では、先生は日本一と言ってもいい先生に教えてもらっているのだから、十年二十年と頑張って足元には及ぶようにしなさいと言っております。
  • 私は全国大会に初めて出させていただいて感激しています。大先輩の方達の足を引っぱらない様にと、緊張の連続でした。(略)演奏会、日頃の授業で、途中から友弦流に入れていただいて、すばらしい先生のもとでお稽古させていただき、感謝感激です。常に初心を忘れない様にと思っています。
  • 楽しみにしておりました発表会、無我夢中で練習を重ねた全国大会!!本当に楽しい充実した日々を過ごさせて頂き有難うございました。楽しい先生の味わい深いお話に耳を傾けながらのレッスン。大きな舞台に次々と出させて頂き、病気も忘れ、夢のような日々を過ごさせて頂いております。感謝でいっぱいです。
会員の皆様 有難うございました。